大学は「のんびりした世界」ではなくなった。大学改革支援・学位授与機構教授の竹中亨さんは「そんな牧歌的雰囲気はとっくに昔語りである。今日の大学では、しばしば目標や計画が取り沙汰され、あるいは業務評価の結果が話題になる」という――。 【図表】国立大学の平均的収入構造 2019年度 ※本稿は、竹中亨『大学改革 自律するドイツ、つまずく日本』(中公新書)の一部を再編集したものです。 ■「KPI」は大学にも導入されている 大学はのんびりした世界だというのが、世間の通り相場である。使い古した講義案を十年一日のごとく読みあげていれば通る世界、そう考えている人は少なくない。 しかし、大学のなかにいる人間には、そんな牧歌的雰囲気はとっくに昔語りである。今日の大学では、しばしば目標や計画が取り沙汰され、あるいは業務評価の結果が話題になる。とくに近年、頻繁に目にするようになったのが数値目標である。正式には「重要業績評価指標」(以下、KPI)といい、業務上の目標を数値化したものである。企業では、経営企画からマーケティング、人事にいたるまで幅広く活用されている。そのKPIが大学でも導入されているのである。 ただ、繁忙のただなかにいると、かえってその全体像はわかりにくい。なぜ、どんな仕組みがあって、日々こうも追いたてられるのか、大学人でも十分了解している向きは多くはあるまい。ましてや、大学外の人間はいっそうである。以下、まずそのあたりの現状を見てみよう。 手始めは中期目標・中期計画である。すべての国立大学には、6年間の業務期間(「中期目標期間」という)の間に達成を目ざすべき「中期目標」と、達成のための具体的な取り組みを記した「中期計画」が定められている。企業でいえば中期経営計画に相当するといえようか。ウェブ上で公開されているから、簡単に見ることができる。 ■多数の数値目標で「業務の端から端まで」管理されている 一瞥すれば、その細かさに驚くだろう。東京大学を見てみよう。たとえば教育の領域では、5つの中期目標と13の中期計画が掲げられている。前者は比較的抽象的な文言なので、ポイントになるのは後者である。どの中期計画も、10行近くにわたって取り組み内容をこと細かに記してある。そして、そのどれにも必ず評価指標なるものが付いている。6年経って中期目標期間が終わったときに、その計画が達成されたかどうかを判定するための指標である。そして、この評価指標の多くはKPIなのである。 一例をあげよう。東京大学の中期計画の一つは、学際的・先端的・分野横断的な学部教育を強化することである。そこには評価指標が3つ付されていて、その一つは、学部横断型の教育プログラムの修了者数を6年後には130人にするというKPIである。 東京大学の中期計画は、教育のほか、研究、産学協同、男女共同参画、業務運営、財務など、つまり大学の業務領域全体をカバーしている。その数は全部で55個、そして評価指標は123個におよぶ。中期計画にどんな内容を盛りこむかは大学ごとに異なるし、したがって中期計画や評価指標の数も大学によって多少がある。しかし、仕組み自体はどの国立大学でも変わらない。つまり、今日の大学は多数の数値目標によって、その業務の端から端まで管理されているといってよい。とても十年一日のごとき牧歌的な世界ではない。
■他大学との競争という課題 これほど多数の目標・計画を達成するとなると、結構な難事である。だが、それだけではない。他大学との競争という課題がある。 ここで国立大学の財政について少々ふれておく。収入(附属病院収入を除く)は、平均的にはおおよそ以下のような構成となっている(図表1)。すなわち、政府からの「運営費交付金」が約5割、授業料等の学納金が2割弱、官民種々のプロジェクトで提供される補助金等(「外部資金」と総称される)が2割強、その他の自己収入等が1割弱である。 運営費交付金の一部は成果連動で配分される。典型例としては、あらかじめ定められた一連の取り組みを指標(「共通指標」と通称される)にし、そこで大学がどんな成績をあげたかに応じて配分額が決まるのである。 ■大学どうしの比較の結果が予算額にストレートに反映 たとえば「常勤教員当たり研究業績数」という指標がある。いわゆる研究生産性を見るためのもので、ここでの大学の成績は、教員が生み出した業績(論文や研究書など)の数を教員数で除することで算出される。ただ、大学間には種々の面で格差があるため、絶対値だけでは不公平だというので、先行5年間での伸び幅をこれに加味する。つまり、成績向上に向けて大学がどんな努力をはらったかも見ようというわけである。ずいぶん精巧な仕組みである。 こうして大学ごとに成績が出るから、それらを互いに比較する。そして、成績の良否に応じて配分額が決まる。好成績であれば、最大25パーセントまで積み増され、他方、著しい不振の場合は25パーセント減となる。つまり、相対評価が行われるのである。 共通指標は、この「常勤教員当たり研究業績数」を含めて、教育、研究、経営の3領域にわたって合計11ある。比較の結果が予算額にストレートに反映するだけに、大学は互いにしのぎを削ることになる。
■共通指標における成績を学部への予算に反映 共通指標の影響は学内にも深くおよぶ。というのは、ほとんどの大学で共通指標を学内にも適用して、学部への予算配分に利用しているからである。つまり、共通指標における成績を学部への予算に反映させるのである。 なぜ、学内で共通指標を用いるのか。理由は、大学全体としての成績をあげるには、内において学部を巻きこまなければならないからである。たとえば「常勤教員当たり研究業績数」の場合、実際に論文や書籍を書くのは各学部にいる教員であり、教員ががんばらないと大学全体の数字はあがらない。ただ、大学全体としての成績への貢献度は当然、学部によって差がある。そこで各学部の貢献度を予算配分に反映させるというわけである。こうして、大学にかかる圧力は学部に伝達されるのである。 数値の呪縛はさらに末端の教員にまでおよぶ。今日、教員個人に対する勤務評価はほとんどすべての大学で導入されている。よくあるのはポイント制である。すなわち、発表論文の本数、担当授業数、指導学生の数、役職の有無などについて、過去1年間の成績をポイント化して評価するのである。筆者なども大学在職時、毎年このポイントを計算させられた。結果は、俸給や研究予算などに反映される。 ■いたるところで数値目標に駆り立てられている 大学にとっての競争はそれ以外にもある。いわゆる外部資金は大きな収入源の一つだが、これは競争を経て配分されることが多い。たとえば、国際化推進などをテーマに公募される助成プロジェクトの場合を考えてみよう。助成金を獲得したいと考える大学は、プロジェクトの実施計画を申請書にまとめあげて応募する。申請書は政府の側で審査され、採否が決まる。通例、採択枠より多数の応募があるから競い合いになる。 ここでもKPIが大きな役割を果たす。実施計画では、過程をできるだけ数値で表すことが求められるからである。たとえば、「○年後の中間評価までに○○人の学生を留学派遣する」、あるいは「最終年までに国際シンポジウムを○○件開催する」などの類(たぐ)いである。この数値目標がどの程度野心的かが、審査での首尾をわける大きな材料となる。と同時に、採択されれば、計画進捗のチェックを受ける際の指標ともなるのである。 このように、今日の大学はいたるところで数値目標に駆りたてられているといってよい。 もっとも、これは企業の世界では当たり前であり、単に大学も世間なみになっただけのこと、という見方もあるかもしれない。それについては後段で考えることにしよう。 ---------- 竹中 亨(たけなか・とおる) 大学改革支援・学位授与機構教授 1955年大阪府生まれ。83年京都大学大学院文学研究科博士後期課程退学。東海大学助教授などを経て、93年より大阪大学助教授、2000年より教授。博士(文学)。著書『ジーメンスと明治日本』(東海大学出版会、1991)『近代ドイツにおける復古と改革 第二帝政期の農民運動と反近代主義』(晃洋書房、1996)『帰依する世紀末 ドイツ近代の原理主義者群像』(ミネルヴァ書房、2004)『明治のワーグナー・ブーム 近代日本の音楽移転』(中公叢書、2016)『ヴィルヘルム2世 ドイツ帝国と命運を共にした「国民皇帝」』(中公新書、2018)など。 ----------
Advertisement
Advertisement



Advertisement
Advertisement






Advertisement
Advertisement











Advertisement




















Advertisement